闘病記(aki様)

aki氏〔発症時=平成18年5月、男性、55歳、会社経営〕
フィッシャー症候群



前 兆>
2006年4月中頃風邪をひき39.8度の高熱が出ました。内科に受診、風邪薬をもらい2日ほどで平熱に戻りました。
 5月6日38.5度の発熱。前回の風邪薬を服用し1日で平熱に戻りましたが、1週間くらい喉の痛みが続きました。

 <発 症>
 5月16日
 朝起きてみると物が二重に見え何となくふらふらしました。
 インターネットで物が二重に見えるで検索したところ怖い病名がいっぱい出てきたので、とりあえず大きな病院に行って診察してもらおうと思い、市民病院の眼科を受診しました。
 色々検査し先生に「自然に治ることもあるのでしばらく様子を見ましょう」と言うことで、2週間後の予約をして、ビタミンB12の薬をいただいて、そのまま会社に車を運転して出社しました。

 5月17日
 朝起きてみると、運転ができないほど複視はひどくなるし、ふらつきも大きくなったような気がしました。
 自然に治るというような状況ではなく感じ、知り合いに脳血管の専門病院(たまたま神経内科の専門病院でもありました)にMRIの予約をしてもらい、明日9時前に病院に行くことになりました。

 <入 院>
5月18日
 9時前に行くと同時にMRI(事務長さんが日本で1番いいMRIと豪語していました)にかかり、10時頃院長先生の診察を受けました。
 MRIの結果は異常なく、手を先生の指へ持って行ったり、自分の鼻へ持って行ったりというような動作や、脚気の検査のような反射の検査(反射がありませんでした)また片足立ちは左右とも2秒と持ちません。それから白線の上を右足のつま先に左足のかかとを当て、その動作を左右繰り返し白線の上を歩く訓練ではふらついてしまい全くできません。
 院長先生は10分くらい診察の後、病名は「フィッシャー症候群、入院です」とおっしゃいました。
 私が「治りますか?」と質問すると、院長先生は「治ります」とはっきりおっしゃり、その言葉が私にとって入院中の救いとなりました。
 その後、私の担当の専門医を呼び、軽く診察し病名は「フィッシャー症候群の可能性が大きい」とのことでした。しかしギラン・バレー症候群の可能性もあり、両手両足麻痺から呼吸麻痺まで可能性があるので入院して様子を見ることになりました。

 5月19日
 終日色々な検査
 症状は眼球麻痺・ピント調節機能麻痺・瞳孔開閉機能麻痺(眩しい)・ふらつき・手のしびれ

 5月20日
 昨日に引き続き検査。
 一部検査結果も出て、フィッシャー症候群の可能性がより大きくなり、治療法については免疫グロブリン投与は副作用(1000人一人くらい脳血栓の可能性、また血液製剤のためエイズ・肝炎の発病の可能性もある)があるので、ビタミン剤での治療を選択しました。(ビタミンB12及びビタミンE)
 この日から、眼球が完全動かなくなり複視はなくなった上、ピントも合わなくなり、テレビを見ると気持ち悪くなるのでこの日以来しばらく見ることができませんでした。
 食事も顔の上げ下げをするので、食べ終わる頃には吐き気をもよおすので、この日から3食食べさせてもらうことにしました。
・・・全身麻痺になるのか呼吸麻痺まで行って人工呼吸器を装着するのか、不安と怖さがいり混じり合った辛い時期でした。
 こんな時友人がインターネットでフィッシャー症候群闘病記などを調べてくれて「死ぬ病気でない。治る病気で、後遺症もほとんど無い」と、日々励ましてくれたことがホントに救いになりました。
5月23日
 夕方担当医の診察を受け突然「明日退院しましょうか」と告げられました。
 全身麻痺・呼吸麻痺は発病後1週間以内に発症することが多いと言うことですが、まだ、呼吸麻痺の可能性も完全に払拭されたわけではなく、入院していれば多少は安心していられるのに、こんな早く退院・・・と嬉しさ半分、複雑な心境でした。

 <退 院>
5月24日
 当日肺活量の検査をして、午後退院しました。
 ・・・入院中は呼吸麻痺まである症状の進行の方が恐ろしく、ピントが合わないことによる肩こりはあまり気にならなりませんでした。しかし退院してみると呼吸麻痺の怖さが薄まり、肩こりに神経が移り、首筋痛・肩こりだけではなく、背中の下の方まで痛みがあり、その辛さは大変なものでした。
5月29日
 午前10時退院以来初めての出社(もちろん運転手付で)
 しかし辛く、ソファーで横になっている時間の方が多く、15時には退社しました。
 しばらく月・水・金の10時から15時まで出勤することに決めました。

 6月7日
 退院以来初めての通院診察
 眼球がほんの少しだけ動き始め軽い複視状態に戻りました。ふらつきも少しずつ解消されて、片足立ちもちょっとだけできるようになりました。
 まだ、ピントは完全には合わず、肩こり辛さは続き、テレビも見られない状態が続いていました。

 6月12日
 ワールドカップドイツ大会の日本代表の初戦、日本対オーストラリアの試合日です。
 何とかテレビで観戦したいと思っていましたので、無理して見ました。しかし長時間は無理で、画像は少しだけ、後は音声での応援になりました。

 6月15日
 腰痛が多少あることと、ピントが合わないことによる肩こりの辛さを少しでも解消するため、針灸治療院に治療に行きました。
 腰、肩の治療の他に目の神経を刺激するつぼに針を打ってもらいました。腰、肩は針灸のおかげで、その後辛さはだいぶ解消され、目の神経の方は治り方が遅いのではっきりとした針による効果は不明です。しかし針を打つことによる悪影響はありませんでした。
 この日から毎週針灸治療院に通院しています。

 6月21日
 退院以来2回目の通院診察
 入院中に採血して獨協大学にお願いしてあった抗ガングリオシド抗体検査結果が出ていて、その検査結果も典型的なフィッシャー症候群であるとのことでした。
 私の血液を使って、フィッシャー症候群の発病メカニズムなどを解明したいと言うことなので、採血し研究に使用してもらうことにしました。
 眼球は少しづつ動き始め、左目は内側には少し動きますが、外側には全く動かない状態でした。
 複視はますます大きくなってきていますが、ふらつきは気にならない程度まで回復してきましたが、まだ片足立ちは発病前のように完全にはできません。
 投薬は相変わらずビタミンB12とビタミンEを毎日3回服用です。
 今後月1回のペースで受診することになりました。
・・・7月はじめ頃複視が最大になり、その後2ヶ月くらい複視の状態に変化はありませんでした。ピントは少し合うようになってきて、肩こりもだいぶ良くなってきました。
 しかし目の動きはまだまだ完全ではなく、遠近感は全くなく、相変わらず物がちらついて見えました。
 仕事の方もこのころから運転はできませんが、毎日通常出勤するようになりました。
8月1日
 複視は相変わらずですが、物のちらつきが少なくなってきたので、早朝車の通りが少ない時間帯に、広い道を10分ほど運転してみました。
 多少怖かったですが、狭い道でのすり替わり、狭い駐車場への車庫入れは自信ありませんが、何とか運転できることが確認できました。物を見るときピントがだいぶ合うようになり、動体視力もだいぶ良くなってきたような気がしました。

 9月11日
 今日から車での出勤です。
 昼間の運転はほとんど問題ありませんが、夜間は対向車のヘッドライト、信号機、明るい街灯などが眩しく、注意しながらの運転でした。
・・・このころから複視にも慣れ発病前と変わらない生活に戻ってきました。複視角度が少しだけ狭まり、快方に向かっていることが実感できるようになってきました。
 10月にはいると20cmくらいのまでの距離だと一重で見える場合もあるようになってきました。
10月16日
 私の場合症状は眼球麻痺・ピント調節機能麻痺・複視が大きく、その症状を本日まで整理しておきます。
 まず複視が起こり、段々大きくなり発症後5日で眼球完全麻痺になり複視が無くなりました。
 発症後3週間くらいで眼球が少し動き始め、複視が再発しました。
 眼球完全麻痺になった頃から物を見るときピントが合わなくなり、ひどい肩こりに悩まされ、段々には良くなってきましたが、3ヶ月近く続きました。
 それから段々眼球が動きが良くなると共に複視が大きくなり、発症後1ヶ月半くらいで最大になり、その後2ヶ月くらいは複視の状態に変化がありませんでした。
 発症後4ヶ月くらい経過したころ眼球は日常生活に支障がないくらい動くようになり、複視の角度も少し小さくなってきましたが、まだ夜間の運転は明るい光源が眩しく、特に夜間降雨時は運転に大きな支障があります。
 そして現在発症して5ヶ月が経過し、まだまだ複視が残り、遠近感も全くありませんが、複視にも慣れ、運転・仕事も普通にできるようになりました。精神的にも安定していて、病気に対する不安はありません。

 入院から退院後しばらくの期間、不安と辛さにさいなまれ、眠れぬ夜が続いた頃は何だったのだろうと、今は笑いながら話すことができるようになりました。
 いつになったら完治するのかわかりませんが、のんびりと気長にフィッシャー症候群と付き合って行こうと思っています。

(平成18年10月記)


この闘病記は、「ギラン・バレー症候群のひろば」の管理人であった田丸務様を通し、aki様ご本人に転載のご意向を確認した上で、掲載しております。